毎年のように訪れていた場所に、10年ぶりに訪れた。
すぐにその距離は縮まり、想い出が層のようになって、押し寄せてきた。
特別になるということは、こういうことなのかもしれない。

毎年のように訪れていた場所に、10年ぶりに訪れた。
すぐにその距離は縮まり、想い出が層のようになって、押し寄せてきた。
特別になるということは、こういうことなのかもしれない。

何かを描こうとしなくてもいいのかもね、
と以前言われたことばが、やっとふに落ちた。
ただ追うだけでいいのかもしれない。

ロン・ミュエク展(六本木 森美術館)にて
窓の景色は、「疲れた天使」像の眼下に広がる世界、にもみえる。

ルーシー・リー展(目黒 庭園美術館)にて
作品と展示背景がまさしくぴったりで、浴室前の展示も一体となって美しい。

風のない夜空にあがった花火。
花火には、風が必要なことに気づく。
逃げそびれた雲もまた面白いのだが。

「倉庫の壁に蔦が這う、キャンバスに描いた絵画みたいに」
2182×2910mm 2026

津久井湖へ、
久しぶりの藍画廊。 いつもと違う印象、、、あ、窓!
窓は閉じられ、フィルムが貼られ曇りガラスに。
繊細な作品を観るには、絶妙な仕様である。
藍画廊の窓は、私の一番すきな部分ともいえるのですが、改めてなぜ好きなのか考えてみた。
窓は光を通す、外の世界がみえる、開ければ風や音や匂いもする、暖もとれる。
時間と共に変化する光、そして作品の見え方も変化する。
作品と関係ないようで、とても関わっている。だからかな?